滋賀医学 23(1),18-23,2000(平12)Key Word西藤成雄1),西藤正雄2),鳴戸敏之3),目方由子3),野々村和男4),青谷裕文5),高野知行5)
1) 西藤こどもクリニック 2) さいとう小児科 3) 国立療養所紫香楽病院小児科 4) 守山市民病院 5) 滋賀医科大学小児科
医療情報,家庭,外来患者,子ども,インターネット
はじめに
今日のインターネット(以下INETと略す)上には,さまざまな情報を提供するホームページ(以下HPと略す)や情報サービスが始まっている.医療や健康に関する情報サービスも例外ではなく,医療機関や医療関係者によってINET上に様々な医療情報の提供やサービスが行われている.対象と方法
筆者らは平成9年4月に,これらのINET上の健康・医療情報やサービスを利用している外来患者の頻度の調査を行った1).その結果,外来患者の2.5%が利用している事を報告した.その後もINETはめざましい勢いで浸透し様々な分野で新しい利用も考案されている.前調査から3年が経過し,INETの健康・医療に関する情報を利用した経験のある患者の頻度を,再び同じ医療機関でほぼ同一の内容で調査を行った.今日の滋賀県内の子どものいる家庭におけるINETの健康・医療情報の利用実態について報告する.
対象は小児科外来を訪れた初診の患児の家庭とし,アンケートによる調査を行った.図1に今回用いたアンケートを示す.前調査と同一の県内5つの医療機関から協力が得られ,平成12年5月から6月末まで行い合計251件の回答を得ることができた. 外来に来られた家族にINETやパソコン通信を厳密に区別して回答を求めるのは困難と思われ,質問はそのいずれか,または両方の利用を尋ねた.なおパソコン通信は,今日ではINETへ融合がみられ厳密な区別が困難なため,本稿ではINETと説明している.結果
1.家庭の通信機器端末の所有率考案まず家庭内にインターネットが利用できる通信機器の有無と種類を尋ねた(表1).家庭にないと答えたのは34.7%(87/251件)であった.そうでない残りの167件の回答から所持している通信機器を検討した.多い順にパソコンが147件,i-mode付きの携帯電話が40件,そしてワープロ14件などとなった(複数回答を含む).これにより調査対象のパソコン世帯普及率は58.6%(147/251件)となった.
2.利用経験者の有無と内訳
次に家庭内にINETの利用者について尋ねた(表2).家族に誰もいないと答えたのは32.7%(82/251件)であった.そうでない残りの169件の回答から家庭内のINET利用者について検討した.最も多いのは父親の141件で,次いで母親の52件,そして子どもの31件などとなった(複数回答を含む).
3.INETの利用場所
INETの利用場所について尋ねた(表3).質問2で選択肢7番の「誰もいない」を選んだ回答を除く169件で検討した.最も多いのは自宅の118件,そして職場97件,携帯電話27件と続いた(複数回答を含む).これにより調査対象のINET世帯普及率は47.0%(118/251件)と考えられる.ただしこれには携帯電話による利用は含まれない.
4.INETの医療情報の利用経験
ご自身の子どもの健康や病気のことでINETを利用した経験の有無について尋ねた(表4).経験のある「はい」選んだのは29件あった.質問2で選択肢7番の「誰もいない」を選んだ回答を除く169件の17.2%を占めた.またアンケート回収総数251件に対して11.6%を占めた.
5.利用時の感想
子どもの健康や病気のことでINETを利用した時の感想について尋ねた(表5).質問4で利用経験のあると答えた29件から検討した.「知らない事実が書かれており勉強になった」「子どもの健康や病気について役立つ情報が得られた」がともに19件で最も多く,次いで「受診している医師の説明がむしろよく理解できるようになった」の6件であった(複数回答を含む).その他の自由回答欄には,「医師よりも,インターネットの方が情報が得られた.」「もっと詳しく沢山情報が欲しいと思った」などの回答が寄せられていた.
6.利用時のQOLの変化
INETの医療情報を利用した後の生活の質(QOL)の変化について記入式で回答を求め,6件の回答が寄せられた(表6).ほとんどがINETの医療情報がQOLの向上に役立った旨が記入されていた.
7.INETの将来の利用
将来のINET利用について尋ねた(表7).質問2で選択肢7番の「誰もいない」を選んだ82件で検討を行った.将来利用してみたいと答えた家族は76.8%(63/82件)を占めた.
8.家庭で必要な医療情報
家庭で必要とされる健康や病気についての情報について尋ねた(表8).最も多く選ばれていたのは「自宅でできる応急処置」で170件,そして「さまざまな病気の説明」が142件,「救急医療機関の情報」が133件などの順に選ばれていた(複数回答を含む).その他の自由回答欄には,アトピー性皮膚炎に関する情報などを求める意見があった.
今日普及がめざましいINETは,平成11年に国内利用者は2000万人となり世帯普及率も24.6%に達した2).総理府が平成7年1月にまとめた「暮らしと情報通信に関する世論調査」によると,日常生活で不足している情報として「健康・医学」が25.7%の最多で選ばれていた3).そして郵政省の「動向調査(世帯)」では自宅で利用したい情報通信新サービスとして「画面を通じて医師に健康相談したり診断を受けたりできる」が40.8%と最も高く,情報通信メディアでの医療に対する利用ニーズが高いことが報告されている4).まず今日の世帯パソコン普及率であるが,総務庁統計局が行っている全国消費実態調査では43.8%と報告されているa).その中でも滋賀県は53.0%と日本一の普及率を誇る.平成6年の調査でも保有率は日本一であり5),これはハイテク機器への県民の関心の高さを示すものである.そして調査対象は滋賀県の世帯普及率よりもやや高く58.6%となったが,これは子どものいる若い世帯を対象としているためと考えた.また世帯内のINET利用者で最も多いのは父親である.それに次ぐのが母親で職場や家庭で女性のINET利用者も急速に増えている事が知られている2).
次にINETの普及率は,今回調査対象となった世帯は47.0%となった.前述の国内世帯普及率を大きく上回り,これも高いパソコン普及率や対象となる世帯の年齢の影響が考えられる.またINETを利用できる通信端末は,いまや携帯電話を始めとしてパソコン以外にも多数あり,日常へのINETの浸透はこの数値以上のものであろう.そして現在INETを利用していない世帯でも76.8%が将来利用したいと回答しており,今後ますますINETの利用できる患者が増えるのは確実である.
様々な情報を伝えてくれるINETであるが,そのうち子どもの健康や病気などの情報を得るために利用した経験あると回答した世帯は今回29件であった.これはアンケート全体から見ると11.6%となる.おそらく今日の外来には1割程度の患者がINETの医療情報を閲覧し外来を訪れていると想像できる.
筆者らは平成9年にも同様の調査を行っており1)3年が経過した今回の調査との比較を表9にまとめた.調査では外来患者におけるINETの世帯普及率は3年間に32.1%から47.0%へ上昇しているが,医療情報を利用した世帯の割合は2.5%から11.6%へと,実に4倍以上も増えていることが明かとなった.
INET先進国である米国では,すでに4人に一人がINETで医療情報を閲覧しているという報告があるb).その中で子どものいる家庭ではさらに利用が多いことも指摘されている.健康や疾病に関する医療情報を家庭でも入手する患者や家族が米国並に増えるのは,もはやそれ程遠くないと思われる.
INETはさまざまな分野の診療において有効利用が数多く報告され,家庭へのINETの普及や医療情報の高まるニーズに対して,INETによる情報支援は大変有効な手段とされている6)-9).そしてINETは外来診療のあり方を大きく変える可能性さえ秘めている.
しかし一方で,INET上の医療情報の利用を患者に勧めることに懐疑的な意見もある10)c).INETは誰もが簡単に情報発信できることから検証が不十分な内容が公開されたり,時に営利目的の代替療法などの情報がINETで取り交わされているのを目撃する.また正しい情報を掲載しても,安易な自己診断や治療方針の違いから主治医との信頼関係に影響を及ぼすことが危惧されている.
平成11年3月に日本インターネット医療協議会がINETの医療情報を利用する患者に対してアンケート調査を行っているd).INETの医療情報を利用し48.3%の患者が「医療機関を受診する機会を得た」「現在受けている医療がよく理解できた」と回答している.役立つ情報サイトとして「大学病院,研究機関により運営されるもの」が62.0%と最多を占める結果となっている.患者や家族は発信源でその情報の有益性も見極めており,また専門の医療機関からの情報を求めているとも考えられる.
我々の調査でもINETの医療情報を利用した患者からは,役立つ情報が得られ勉強になった,主治医の説明がよく理解できたなどと有益性を感じる回答が多い結果となった.INETの医療情報を利用したQOLの変化についても回答が寄せられているが,INETの情報提供が不安をあおったり主治医との信頼関係を脅かす様子は感じ取れない.
今日,金融や通商分野ではINETを介しのさまざまなサービスが利用できるようになった.それにも関わらず,医療分野で患者が利用できるサービスなどはまだほとんど無い.おそらくINETを流れる情報の中で,医療機関から発信している健康や医療に関するものは相対的に低下しているであろう.それに対して,営利目的で根拠の乏しい治療法の紹介を目撃することは日に日に増している.それは今日まで患者の福利を考えずに,医療機関が対価や責任を理由に積極的な情報発信を怠ってきた結果ではなかろうか.医療機関からの適切な情報の配布こそが,怪しげな情報を回避させ積極的に医療を求める患者を創ることにつながると筆者は考えている.次世代の情報支援を行う重要なツールされるINETであるが,それが怪情報の温床とならないように,正規の医療機関から根拠のある医学の情報発信を急がなくてはならない.
参考文献
URL(カッコ内は記載を確認した年月日)1) 西藤成雄,西藤正雄,口分田政夫,他:子どものいる家庭におけるインターネット上の医療情報支援の利用実態について,小児科臨床52:881,1999. 2) インターネット白書2000(日本インターネット協会編),株式会社インプレス,東京,2000. 3) 暮らしと情報通信に関する世論調査(総理府内閣総理大臣官房広報室編),p3,大蔵省印刷局,東京,1995. 4) 平成10年度版通信白書(郵政省編),p66,大蔵省印刷局,東京,1998. 5) 総務庁統計局: 全国消費実態調査, 1994. 6) 西藤成雄,野々村和男,青谷裕文,他:ホームページを利用した喘息患者または家族への情報支援について,日児アレルギー会誌,14:201,2000. 7) 西藤成雄,山本淳,野々村和男,青谷裕文,島田司已:ホームページを用いた喘息日誌の使用経験,アレルギー,47:1205,1998. 8) 諏訪部章,富永真琴:インターネットによる吸入指導が奏効した気管支喘息の3症例,呼吸,17:690, 1998. 9) 遠藤朝彦,小澤仁,小野幹夫,他:インターネットのWebサイトを用いた花粉症対策指導,アレルギー,49:495,2000. 10) Silberg, W. M., Lundberg, G. D., Musacchio, A. R.:Assessing, controlling, and assuring the quality of medical information on the Internet,JAMA,277:1244,1997.
a) 平成11年全国消費実態調査(総務庁統計局) http://www.stat.go.jp/ data/zensho/1999/zuhyou/a316.xls (2000年10月3日参照) b) MORE THAN ONE IN FOUR AMERICANS HAVE GONE ON-LINE TO GATHER MEDICAL INFORMATION ACCORDING TO SCHWARZ PHARMA "PULSE BEAT" SURVEY:Schwarz Pharma USA.http://www.schwarzusa.com/html/inthenews/pbsurvey.htm (2000年10月3日参照) c) Study finds problems with health information on the Internet:News and Information Services,The University of Michigan.http://www.umich.edu/~newsinfo/Releases/1999/Jul99/r072699a.html (2000年10月3日参照) d) インターネットの医療情報の利用状況に関するアンケート調査結果:日本インターネット医療協議会.http://www.jima.or.jp/JISSEKI/riyoushakekka.html (2000年10月3日参照)